病院での1ヶ月

ICU 2日目

07:00

朝6時に起きる。

スナフィの散歩に行かないと。
外はぼんやりとして、まだそんなに暑くはない。
良かった。

散歩の途中でご近所犬仲間のKさんに会う。
「何かのときにはスナフィに水やフードを」。頭の中で何度かシミュレーションを試みたけれど、少し距離があったから、やめておいた。
大きな声で伝えられる気がしなかった。

朝の散歩は良かった。散歩中のご近所さんたちに、すれ違いざまに挨拶を交わす。なんてことのない平和な「いつもの朝」を、存分に感じられる。

夜は辛い。ひたすらに辛くて、自分が眠ってしまうまでただ耐えるしかない。昨夜は、家族や親友と電話やLineで喋ることで支えられて、やっとのことで1日を終えることができた。

朝型の生活にしたい。

睡眠導入剤がほしい。体力がなくなるのは本当に困る。寝れない、食べれない。
辛い。

茉奈が来てくれる。どれほど救われるかわからない。

08:23

奏くん。少しでも近くにいれれば、それだけで落ち着くから。

11時15分の面会時間に向けて、出発の準備をする。
慣れないお留守番がいきなり続くスナフィ。不安そうなその姿に、心が痛む。

でも、何かあった時のためにも、少しでも近くに、少しでも長くいたい。

こんなに泣いたの、奏くんとまだ付き合っている頃に別れ話が出た時以来だって思い出した。あの時も、こうしてただひたすらに気づくと涙が出て、1日泣いていたよ。

10:43

病院のほうが、気分が落ち着く。

パブリックな場で少しの緊張感があることで自分が崩れずにすむ、というのも、なにかあった時にすぐ側にたほうが、というのも、もちろんある。

でも、何よりも、奏くんの近くにいられるからだと思う。

「HOME」は、「家」ではないことを知る。
奏くんが、私のHOMEなんだ。

だから、奏くんの近くにいたほうが落ち着く。たとえそれが、病院の待合室でも。

まだ眠っていると、さっき看護師さんが教えてくれた。

目が痛い。いやー泣きすぎた。泣きすぎると目が痛くなるんだな。

奏くんがんばれ!がんばれがんばれ!大丈夫!

11:15 の面会

ご両親が来て、時間通りに、一緒に面会に向かう。他のご家族が次々中に入って行くのを横目に、30分まで待った。15分頃に、ICUに入る先生に会ったから、処置をしていたんだろう。

30分過ぎに、ようやく入ることができる。

奏くんはまだ眠っていた。

「暴れた」とのことで、拘束具が増えていた。腰からお腹にかけてはがっしりとしたベルト(お義母さんが後で「チャンピオンベルト」って言ってて少し笑った)。上体も起こそうとしたとのことで、両腕の付け根にはタスキのような拘束具。

「他の看護師は小柄な人が多いから大変だった」と、身長のある看護師長さんが少し笑いながら話してくれた。「この姿を見るのが辛いだろうから申し訳ない」と、家族の気持ちに寄り添ってくれる言葉が、心から有り難かった。

身体の苦痛と薬の影響で、悪い夢を見やすいらしい。鎮静剤が少し薄くなってきて「暴れた」とのことで、鎮静剤を増やしたとのこと。脈拍はこの影響もあって72くらいまで下がっていた。

「暴れた」ということは、手足が動くのだ。手足の麻痺だって、可能性としては十分にあり得た。良かった!

それにしても、高熱が続く。この時点で40.7度あった。

額を触る。いかにも40度を越えている。ひたすらに熱い。下熱剤も入れているようだけど、あまり効いていないとのこと。

ハキハキサバサバした看護師さんが、尿や汗や布団やいろいろを説明しながら調整して、その場で0.1度か0.2度くらい下がる。「首元はチンチンに熱いですよ」と、看護師さんに言われ、首元に触れてみる。その熱さに驚く。

お義母さんが、人工呼吸器(の管)がずいぶん細くなった、と気がついた。口元も何かが変わった。
少しずつでも、快方に向かっている、その兆しを、見つけたかった。

夕方の面会

奏くんの上体が少し起こされている。
ガラッと変わった雰囲気にびっくりした。

なんだか、大きな大きな赤ちゃんが眠っているみたいだ(180cm、100kg)。

拘束は相変わらず。高熱も変わらず。

むしろ、少し上がって、40.9度。

そこが今、本当に心配でたまらない。

額に触れる。そんなに熱くはないけれど、汗をかいている。お義父さんに言われて頭を触ってみると、そこは熱い。そしてやっぱり汗をかいている。腕や末端は熱くない。「あれだけの切ったり貼ったりをしてそれはそうだわ」とお義母さんが言う。「これだけ熱が出るのは戦えている証拠」と看護師さんが言う。患者さんによっては熱を出せないひともいると。

「胸に入れていた管が数本抜けましたよ」と、嬉しい報告を受ける。出血の様子をみるためのものと(もうあまり出血していないみたい)、あと、何かが数本。繋がっている管が減って行くのが、本当に嬉しい。

そして、「なぜこの状況になっているかという記憶が本人にはもうない」らしい。看護師さんから聞いて、衝撃を受ける。つまりは…、あの「地獄」の辛さに耐えていたあの日の記憶が、もうないはずだと。そして、一般病棟に移るときにはICUの記憶はないはずだと。

一体どんな仕組みなんだそれは。

この日々のことが、奏くんの記憶にはもう存在しなくなるだなんて。

お義母さんは、「奏にとってそれは辛い記憶を持たなくて良いことだから幸せなこと、良かった」と、何度も言った。確かにな、と思う。そういえば、茉奈も、自分が手術した時に聞いていた曲はそのことを思い出すから聴くと辛くなる、と言っていた。きっと、忘れてしまう方が良いのだろうと思う。でも、どこか戸惑っている自分がいる。でも、その戸惑いはエゴだ、きっと。奏くんにとって、何が幸せか、それで良い、はずだ。

看護師さんから、目を開けることがあった、と聞く。視線は定まらず。
視線が定まらなくてもいいから、目が開いたところを見たい。強く強く思う。
…定まらない視線をみるのは精神的に辛いかな…。

早く目を開けて、その目で私を捉えて、私を認識してほしいよ。

看護師さんの指示に応えられるようになったら、人工呼吸器は外せるみたい。じゃんけんできたり、ということ。

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