7ヶ月目

Share the light

15:38

朝日の当たる真っ白な壁にたくさんの本。友人の伊月(いつき)さんの部屋で体を起こすと、「おはよう、寝れた?」と起きてきた彼女が早速おむすびを四つ握ってくれる。

「Patrickの分も一応用意しとくね、ランチにしてもいいし」

昨夜は、打ち合わせからそのまま伊月さんの自宅に泊まっていた。午前9時には伊月さんの家を出て、共通の友人であるPatrickとふたり、散歩する予定になっている。

「明治神宮を毎朝歩くんだけど、一緒にどう?」

Patrickから誘いがあったのは、数日前のことだった。一緒に仕事をしていた頃から5年ほど経ってからも、私たちのライフパスは時折交わる。西海岸がバックグラウンドな彼の放つオーラと笑顔は、青い空と海をキラキラに輝かせるサンシャインそのもの。父親ほどの年齢だろう彼は、私を見つけるといつも大きな体をゆっくり揺らしながら近づいてきて、いっぱいの笑顔で両腕を広げる。暖かな腕の中にしっかりと収まれば、愛情たっぷりにぎゅっと抱きしめてくれる。西海岸へ瞬間トリップ。「私を見つけると」と言ったが、おおよそほとんどの人に対し、彼はそんな調子だった。西海岸ノリの、愛情たっぷりの人なのだ。誰に会うかには慎重になっていたけれど、あのハグが思い出され、誘いに「Yes」と返していた。

明治神宮の杜は美しい。妻と幼い娘と近くで暮らす彼は、この杜をひとり毎朝歩くのが習慣になっている。友人や仕事仲間と、打ち合わせや近況キャッチアップの散歩になることもある。今朝は、私がその相手だ。大鳥居へと続く参道ではなく、木立に包まれて歩ける外周の小径が彼のルーティーン。「何があったの?」穏やかな杜の空気に委ねるように、言葉を繋いだ。言葉に乗せた気持ちが、朝の空気に運ばれて、杜の木々に吸い込まれていく。肩を並べて本殿をお参りし、夫婦楠にも手を合わせる。朝の明治神宮は、人気も少ない。気持ちは波立つことなく、時間は穏やかに流れていく。

「自分の役割って、何だと思う?」

目の前が開けて芝生が広がる頃、前を見つめ歩みを止めずに、Patrickが尋ねた。

「役割?」

言葉も絵も浮かばない。考えながら歩く私をしばし待った後、「自分の役割はね、」と続ける。

「Share the light」

Share the light。 光を共有する、光を分け与える、とでも訳せるだろうか。

青空の下、芝生をふたり歩き続けていた。まさしく今この瞬間、彼はその光で今を照らし、その光は心にも届いていた。

まるで闇の中だと、あの日からずっと感じていた。先が見えず、周りも見えず、心も闇の中で、光はどこにもなかった。

見上げれば、Patrickがあの笑顔で私を見下ろしている(彼は大きいのだ)。目の前が思わず滲んで、こぼれ落ちる前にその腕の中に収まった。暖かいその腕の中で、光の中にいた。

ひとりで生きているのではないのだ。あの日溶けていった「私」は、気にかけてくれる友人たちそれぞれに光を与えてもらって、新たな形を成してきていた。

「思ったより元気そうで良かった」

昨夜、手の込んだ自宅フルコースも佳境に入り、いよいよメインとなるほぼレアの美味しいステーキにかける鰹節を削りながら、伊月さんはそう言った。安堵の吐息に乗った深いところからやってきたその言葉に、胸が一杯になり何も出ない。今からステーキを食べるというのに。レタスのアンチョビソース和えから始まったフルコースは、お刺身、牛の蒸籠蒸し、うどの酢味噌和え、間にナッツや浅漬けなども挟みながらメインを迎えていた。その間ずっと、彼女は自身の離婚経験の苦労話などを交えながら、辛抱強く話を聞いてくれる。続く優しいあんかけスープでお腹も気持ちも落ち着けてから、目の前には、チュイールに包まれた桜の葉が数枚、美しい黒い角皿の上に差し出された。「その名はさくら」。大島桜の野趣あふれるその強い香りが、一口ごとに周囲にまで放たれた。

「美味しいね」
「美味しい、本当に美味しい」

もう、なんて言葉にして良いのか、わからなかった。ただただ有り難いことこの上なく、ただただ幸せだと思った。

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