2ヶ月目

「既婚・未婚」

16:27

海に向かって車で25分ほど南下すると、サーフタウン、一宮がある。

「海の見えるホテルで温泉入ってマッサージを受けよう」

茉奈の提案で、一宮の海前にあるホテルに来た。平日のお昼間のゆったりとした温泉でリラックスしてから、併設のエステに移動して、受付でカウンセリングシートに記入をする。

氏名や住所などの欄に続いた「既婚・未婚」の選択肢に、ペンを持つ手が止まった。

これだ。

死別体験記のブログで読んだやつだ。

「既婚・未婚」

私は、その二つある選択肢のどちらでもない。既婚でもなければ、未婚でもない。

ただ、この左薬指には、今も指輪がある。

結局、どちらにも丸をしなかった。

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ランチを食べた東浪見にあるイタリアン「青」は、大きな窓から見える田園風景に解放感もあって、味も美味しかったし、居心地もとても良かった。おまけに、ショーケースに並んだチーズやハム、そしてオリーブオイルの量り売りなんていうのもある。

このエリアに、まだ住んでいても良いかもしれない。

2020年の東京オリンピックで初の正式種目となるサーフィンは、ここ一宮、奏くんの言うところの、「ノースチバフォルニア(North Chibafornia)」で開催される。ノースチバフォルニアは奏くんが言い出したのかはわからないけれど、こういうセンスがとても好きだった。

オリンピックを、奏くんはとてもとても楽しみにしていた。

2020年。初のサーフィン競技をひとりここで観るのは、辛いかもしれない。

でも、2年という時とともに、私も変わっているはずだ。今の私には、どうやったってわからないことだけれど。

オープンしたばかりの新しいお店を通り過ぎる。奏くんが知らないことが、こうして増えていく。

でも、そういうものだから。

諸行は無常で、私はただ、それを眺めて、受け止める。ただそれだけだ。

そうして、私はここで生きていく。

きっと近いうちに、そこのチーズバーガーも食べに行くだろう。一宮の町を、ノースチバフォルニアを、また車で走って、青で美味しいパスタを食べて、量り売りのオリーブオイルを買いに来るようになるかもしれない。いつかはまた、パタゴニアに行く日も来るかもしれない。

私はここで、生きていく。

少なくとも、ここから少しだけ見通せる近い未来は。

24:48

一宮からの帰り道。スーパーに寄って、焼き鳥を買った。

奏くんは焼き鳥が大好きだった。

そのほとんどを塩でオーダーし、必ずレバーを買った。

だから、私もレバーを一本買った。「レバー食べれるようになったの!?」茉奈が驚いた。

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一宮からの帰り道は全然好きじゃない。

曲がるべきところを度々曲がり損ねて、いつの間に真っ暗な小道に入り込んでしまう。心細い気持ちで泣きたくなりながら運転する記憶ばかりだ。

そう、あれは友人を一宮に送り届けた午前1時をまわっての帰り道だった。

アーティストである友人が新規オープンのお店の内装として壁面に絵を描く、と言うことで、写真を撮りに行った日のこと。

その壁面のテーマは、偶然にも「サンディエゴ」。私も奏くんも、時期は違えど、それぞれ何年も暮らしていた思い出の地だ。

友人はその壁面に、サンディエゴにある Hotel del Coronado で結婚式をあげる私と奏くんの絵を描いてくれた。絵の中の私たちはみんなの前でファーストダンスを踊り、蝶ネクタイをしたスナフィーもそれを見守っている。「こんな形で夢が叶うなんて…」、そう感謝と想いでいっぱいになり、彼女を一宮まで送り届け、ひとり車に乗ってハッとした。こんな真夜中に一宮からひとりで運転して帰らないといけない…。

曲がるべきところを曲がれず、暗くて細い小道をひとり走った。飛び出してきた茶色の野うさぎに急ブレーキをかけた往路の記憶が緊張感を増す。心細くて泣きたい気持ちを抑えながら、奏くんの元へ急いだ。

今夜の一宮からの帰り道は、相変わらず暗く、小道はやっぱり心細い。でもまだ19時台で交通量もあり、隣には茉奈がいる。だけど。だけど、家に帰っても、奏くんはいない。

一宮から夜帰るのは避けよう。心細い気持ちで、不在が待つ家を目指して帰るなんて、まだ考えたくもない。

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帰宅。焼き鳥とイチジク生ハムのサラダでご飯にする。茉奈が用意してくれるので、私は、焼き鳥を並べたり、テーブルをセットしたりした。

茉奈のチョイスで、エディ・マーフィーの王子の映画を観る。画面に広がる80年代の世界。あの時代特有の、あの空気、あの雰囲気を纏った、車や、服装や、髪型や、街や、流れていくシーンを観ていると、ふとある思いが浮かんできた。

もしかすると私は、過去の憧れを奏くんに見ているんじゃないだろうか?

ティーンエイジャーから20代の頃の奏くん。写真で見たり話に聞くその姿は、いずれの頃の自分も憧れていたような存在だろう。優しくて、かっこよくて、自分のスタイルがあって、運動神経が良くて、面白くて、ちょっとヤンチャで、でも育ちが良くて、太陽のように明るいその存在を。

その頃からの奏くんの友人真子ちゃんからもらった白いアルバムには、そんな奏くんがたくさんいる。以来ちょこちょこ開き、その若い、私の知らない奏くんの姿を眺めていた。

だけど今夜は、目に入るその白いアルバムに手が伸びることはなかった。

そこにいる奏くんは、私の知っている奏くんではない。

私がずっと一緒にいたのは、2008年、38歳からの奏くんで、その奏くんと10年間を共にしてきたんだ。

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夜中の2時。

またこうして、ここ10年の奏くんの写真をひたすらに遡る。

夢にでてきてよーーー!

もう少し長めにさ。

会いたいよ。感じたいよ。触れたいよ。私を見て欲しいよ。

こんな、欲しがってばかりで、求めてばかりでごめんね。

ベッドサイドのティッシュが、目に見えて減っていく。

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