9:18
バタバタと家を出て、駅へと車を走らせる。…ストーブ消したよね?電気つけ忘れた?鍵もちゃんとかけたっけ。あ、お香消し忘れた…。不安が波のように次々と押し寄せる。でも、今家に戻ったら、クライアント打ち合わせに遅刻する。絶対に遅れちゃだめなやつ。
もうこれ以上、なにも失いたくない。
それもエゴだってわかってる。失うことは、自然の一部だってわかってる。
わかってても、もう何も、うしないたくない。
19:45
中目黒の高架下にある蔦屋書店で打ち合わせる。中目に奏くんの事務所があった頃、この蔦屋は存在していなかった。時は流れ、街は姿を変えていく。
彼のいない、新しい現実を生きていた。
長かった打ち合わせが終わり、西麻布から表参道駅に向かう。たくさんの人とすれ違う。煌々と明るいカフェの店員さんも、プラダの店内にいる人も、観光客も、私も、みんなみんな、100年後には、ここにいないのだろう。波打ち際の砂のように、人体を構成する数多の細胞のように、すべてが入れ替わり、すべてが変わっていく。