9:58
雨が降っている。
涼しさに、秋の入口を感じる。
あの日から、もうすぐ3週間。もう3週間というか、まだ3週間というか。どちらもしっくりこない。時の感触が、これまでとあまりに違う。
新規で時間のない案件の相談がある。仕事量は最低限に抑えつつも、友人だし、請け負ったお仕事には最善を尽くす。
今日は、15時には着くように行って18時には病院を出たい。夜の道が怖いことに気がついた。
1時間の下道。その多くが、街灯が無いか少ない、暗い田舎道。対向車のハイビームが眩しくて、センターラインが見えない。しかも結構なスピードで走って来る。すれ違う。怖い。
昨日までそんなこと思わなかった。それどころじゃなかったのだろう。
16:27
15時過ぎに面会へ。透析から戻ってきたばかりの奏くんは、ぐったりしていた。
透析は「フルマラソン後くらいの疲労感」と、どこかで読んだ。それが月水金の週3回。とは言え、ICUでの24時間と比べたら格段の進歩だ。
Y先生と看護師さんと話す。今なお尿の量が二桁に届かずと、全然出ていないことを知る。あれだけ高熱が出て、あれだけ筋肉が壊れた後だから、そんなにすぐに自分の尿が出る(毒素を出せる)とは思っていない、と先生が言っていた。
自分の尿が出ていない、と聞いた奏くんが、「俺大丈夫かな?」と看護師さんに聞いた。看護師さんは、「大丈夫になるためにやってるんだよ」と、明るくて優しい。
熱がずっと続いているけれど、肺炎を心配するほどではない、とのこと。酸素量は2に下がっていた。快方に向かっていることが目に見えると、嬉しいし安心する。
看護師さんが、歯を磨いて、口内を綺麗にして、顔を拭いてくれる。こんなに大変な作業を、1日に何回もやってくれる。白衣の天使。なんて有り難いんだろう。
今日の奏くんは終始とても辛そうで、見ていて辛い。
便意との戦い。「まだ歩けないから(トイレには行けないよ)」、と言うと、「あぁそうか」と、さっと引き下がる。なんか辛い。
口内に違和感があるのか、顎をずっと動かしている。「顎どうかしたの?」と聞くと、「(なんとかかんとか、)しゃくれるんだ」と返ってきた。
「ウッチャンナンチャンが(なんとか)」と言う。奏くんはウッチャンが好きじゃないようで、これまでウッチャンナンチャンの話をほぼしたことが無かった。少し驚いて「ウッチャン、嫌いなんじゃないの?」と言ったら、「そんなでもない」と。
心臓血管外科には、先生が4名いらっしゃる。奏くんが夕食に出たゼリーを食べていると、初めて、4人全員で往診にいらした。執刀医のW先生をはじめ、先生方は「よくここまで来て」と仰る。「ゼリーを食べているのに、なんで鼻の管を付けてるのか」と、管を取ることに。「手も足もリハビリして、この分だと順調に行けば車椅子」と言って下さる。
往診も食事も終わり、そろそろ帰る時間に。「帰るね」と声をかけると、「葉山に帰る」のか、それとも「横浜の実家に行くの」か、と聞いてくる。「LA?」とまで聞いてきたのに、「大網だよ」と言っても、それは認識できていないようだった。葉山から大網に引っ越して、もう3年半が経とうとしている。
18:34
病院を出るまでは、と、ギリギリまで我慢した。車に乗りこむ。ドアを閉める。瞬間に、一気に泣いた。辛い、苦しい、辛い。
奏くんはとにかくずっと苦しそうで、辛そうで、あまりに苦しい時間だった。どうしたら良かったんだろう。
ずっと下している奏くん。便意を1時間も2時間も我慢して。私がいるから…。でも、「帰るね」と言うと、「もう少しいたらいいじゃん」と言う。
途中、「迷惑かけたくないんだ」と言った。わかる、わかりすぎる、それが奏くんだから。それが、この状況では彼を余計に苦しめている。
苦しい。吐きそう。辛い。なんだよこの状況。
スナフィがいて本当に良かった。
22:15
Sade の By your side を観て、salyu の To U を観る。これでもかってほど泣いた。奏くんの好きなこの2曲。プレイリストを作って、かけてあげようかな。
目が重い。鏡を見る。涙袋までもが腫れて、ひどい顔。
お父さんは良いことを言った。できるだけ毎日会いに行って、でも、時間は短い方が良いと。
その通りだ。自分が側にいたいからってダラダラといてしまって、結果的に奏くん(の便意)を我慢させることになったり、疲れさせてしまった。
明日はお休みして、明後日は短い時間で帰ろう。リハビリが終わる17時頃に行って、30分くらい側にいて、帰るようにしよう。意志力だ。ここはがんばろう。
「俺大丈夫かな」と、看護師さんだけでなく、私にも聞いた。とても不安なんだろう。「大丈夫、大丈夫だよ」って、そう言ったけれど、あまり安心した感じはなかった。
いったい、何をどう言ってあげたら良いんだろう。どうしたら良いんだろう。
「大網」は分かっていなかった。でも、河井さんのことはわかっていたし、大網の友達のこともわかっていた。ムラがあるんだよ。大丈夫。
寝よう。
このままでは壊れてしまう。気が病んでしまう。そんなんじゃいけない。支える側なのだから。
本を読んで、寝よう。今日はおしまい。
明日は仕事をして、ゆっくりしよう。夜には梨衣ちゃんとごはんを食べる。
本当は明日だって奏くんに会いたい。でも、ご両親に任せよう。