朝
もう一日。もう一日だけでも、家で安置していれば…。
目が覚めて、すぐに後悔でいっぱいになった。奏くんに側にいてほしかった。奏くんの側にいたかった。そう思いながらiPhoneに手を伸ばす。
「零(れい)、飛行機のチケット取ったよ。12日の朝に成田に着くよ。すぐに行けなくてごめんね」
ベルリンに住む友人の青(あお)だった。奏くんが倒れてからの一ヶ月。親しい友人のみにしか知らせていなかった中で、親しい友人であり師ともいえる存在の彼女は、ずっとずっと支えてくれていた。そして今、遠くベルリンから、文字通り飛んで来ようとしてくれている。
朝から泣いた。
夕方
西日が白い棺を照らしていた。棺の小窓から顔を眺める。胸元には、誕生日にパタゴニアで一緒に買ったお気に入りのシャツ。
「帰ってきた」。側にいるだけで、私はこんなにも落ち着くことができる。葬儀式場だとしても、病院だとしても。不思議なくらいに静かな時間だった。会いに来て良かった。
茉奈が奏くんに対面する。この気持ちがなんだかわからないけれど、とにかく、茉奈に奏くんを会わせたかった。
夜
茉奈が見つけてきた貸衣装屋さんに向かう。
女性で喪主の場合、正喪服として格式が最も高いのは、やはり和装らしい。義父母の思いも大事にしたかったし、何より、奏くんを送るのだ。正喪服で臨みたかった。
染め抜き五つ紋の黒無地の着物を試着して決める。葬儀当日の朝に着付けもお願いした。そもそも、喪主が葬儀に遅刻するわけにはいかない。式場近くにホテルを取る。
「家紋は何になりますか?」
家紋…⁉ 小西家の家紋はさっぱり分からない。義母に電話で聞いてみる。
「家紋ね、お墓を買う時に新しくしたの。でも、どんなのにしたか覚えてないのよ。お墓に掘ってあるはずだから、お墓を見たらわかるわ」
家紋って変えられるのか…。明日の午前十一時までに分かれば家紋対応は可能らしい。明日朝イチで葬儀式場(=墓地)に電話すれば間に合うかな。さっきまでそこにいたのに…。
アクアラインで海を渡って、圏央道で千葉の自宅に帰る。圏央道って、街灯が無くて暗いし道幅狭いしで、こんなに怖い感じだったんだ。いつだって奏くんが運転してくれていたから、知らなかったよ。