病院での1ヶ月

「帰りたい」

仕事を終えて、スナフィの散歩に出かける。奏くんと良く行く、桜の名所とされる公園へ。

「人工透析がんばってね!」「人工透析おつかれさま!」、仕事の合間に、やりとりができるようになったLineで意気揚々とメッセージを送っていた。17時半頃、この日初めての返信が来る。

「おつかへさん」(原文ママ)

ひとつの返信がこれほどに嬉しい。再びの恋愛中。今日は行けないけど明日は行くからね、とLineを返す。

「帰りたい」

即座に返ってきたその4文字に、胸が潰れるかと思った。

「あす!」

と、すぐに続く。「あす?」…。「明日は行くから」へのリアクション?…???。いや、まずは「帰りたい」だ。50km離れている私に、今何ができるのだ。すぐに返信する。

「電話できそう?」
「声が聞きたいな」
「できたらでいいよ〜」

間を取りつつちょっとずつトーンをダウンさせてみたけれど、既読すらつかなかった。

iPhoneを持ってメッセージを打つということ。今の奏くんにとっては、とても体力を使う事なのだろう。それほどに、筋力が無くなっていた。

20:06

もうすぐ8月が終わる。

胸元にある、指輪の感触をまた確かめる。

手術が始まる前に、奏くんが身に付けていた全ての物を受け取っていた。お財布もiPhoneも、切り開かれた黒いTシャツも、結婚指輪も。

いつもつけているネックレスに、奏くんの指輪を通した。

指輪はまだここにあるままで、もうすぐ8月が終わる。

21:41

散歩の帰り道に、産直でナスやルッコラやレタス、椎茸やイチジクを買って、それぞれ素材を楽しむ形で簡単に料理して白ワインを飲んだ。好きなものを、好きな形で。自分のために。

8月が終わる。

この気持ちをどう言葉にして良いのか、全然わからない。

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