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「うそでしょ」
これが「うそ」だと思っている気持ちは、これっぽっちもない。
現実をただ受け入れるのみだと、痛いくらいに分かっている。
それでも、「うそでしょ」とつい言葉になってしまうのは、新しい現実とのギャップへの戸惑いにぴったりくる言葉がまだ見つからないから。
あれから3ヶ月が経った今日もまた、「うそでしょ」が、頭の中の広大な空間にぽかりと浮かぶ。それをまた、こうして見つめている自分がここにいる。
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陰と陽。月と太陽。
陰が陽へ、陽が陰へと、転じることはあるのだろうか。
これまでずっと、自分を「陰」や「月」的な存在と思ってきた。一方で、奏くんは誰もが「太陽のよう」と形容する、ザ・「陽」的な存在だった。
そんな私が初めて、「陽」的存在だと言われることがあったのだ。しかも、2日連続で。
一度目は、昨日のことだった。
週イチくらいで通っている Cafe NOL。ゆっくりと時が流れる昭和感の残る商店街の一辺にあり、建物自体は昔からのままで街に馴染んでいる。が、正面は違う。ミニマルなデザインは、一見そこがカフェだとは分からないかもしれない。
大きな店舗用冷蔵庫の扉に手をかけたような感覚でその扉を開けると、店主の庄司さんがひとり、「こんにちは」と笑顔で迎えてくれる。エアロプレスで淹れる浅煎り(しかも名焙煎所の豆なのだ)のコーヒーは好みにぴったりで、静かに過ごせて空間もミニマル、それに音も良い。
初めて見つけてからすっかり常連になってしまっているが、それらはもちろんのこと、庄司さんと話す、ということは行きつけの大きな理由になっていた。私にとって、ここは癒しの時空間なのだ。
浅煎りの香りに包まれて、この日も庄司さんとゆっくりと話す。
「自分は思いっきり『陰』ですけど、零さんは『陽』ですよね」
私が「陽」…!?
陰も陽も、相対的なものでもあるだろう。と思いつつ、戸惑った。だって、これまで生涯を通して「陰」的「月」的だと言われ、自身もそう思ってきたのだ。
そして、すぐに二度目がやってきた。
物欲が旺盛になって買い物をしまくっていた最近の様子を茉奈に伝える。すると茉奈が言ったのだ。
「…『陽』に転じたんじゃない?」
陰と陽。その境はどこだろう。万物が流転し、陰と陽も転じる、のだろう。
私の中にいる奏くん。そして、彼とのこの10年の日々は、陰であった私を陽に転じさせるに十分な年月だったのかもしれない。
だから(というのは変だけど)今日、お墓詣りをした後は真子ちゃんとうなぎを食べた。肉体のある自分が、この肉体を使ってうなぎを食べるという喜びを、私のなかにいる奏くんにも、と思ったんだ(こじつけっぽいけど)。
本当に美味しかったから、あのうなぎ。