2ヶ月目

喪われた「あなた」と「あなたと私」

9:11

「親しい方を(中略)亡くされると、自分という存在から何かが急激にもぎ取られてしまったような気がします。なかなかそれを受け入れることができません。気持ちの中に空洞ができてしまいます。(中略)もしあなたの中に空洞があるのなら、その空洞をできるだけそのままに保存しておくというのも、大事なことではないかと思います。無理にその空洞を埋める必要はないのではないかと。これからあなたがご自分の人生を生きて、いろんなことを体験し、素敵な音楽を聴いたり、優れた本を読んでいるうちに、その空洞は自然に、少しずつ違うかたちをとっていくことになるかと思います。人が生きていくというのはそういうことなのだろうと、僕は考えているのですが。」(『村上さんのところ』新潮文庫P105)

中瀬ゆかり「愛する家族を亡くし、辛い人にぜひ、読んでほしい村上春樹さんの言葉」(AERA dot.)※現在はリンク切れ

18:13

キャサリン・M・サンダーズ著「家族を亡くしたあなたに」が届いた。死別の悲しみについての研究・カウンセリング・教育で30年以上のキャリアがあるというアメリカの臨床心理学者が書いた一冊だ。

ところどころ描写が辛い。でも読める。

親密な人間関係は、人生における充足感と、何者かによって守られているという安心感、このふたつの基盤になっている。この関係を失うことで、世界が恐怖に満ちた恐ろしい場所になり、途方にくれてしまう、とあった。

奏くんがいつだって側にいてくれる。この安心感が私の人生の基盤になっていたのは間違いない。愛に満ちた温かい家、homeがあり、いつだってそこに帰って来れる。だからこそ、安心して、人生の冒険に出かけることができ、人生の充足感に繋がって行った。

別の本で読んだことも思い出す。

人には、「私」「あなた」「私とあなた」、の3つの要素がある。死別では、「あなた」を喪うだけでなく、「私とあなた」(つまりは「私たち」)をも喪う、というものだ。

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奏くんがいなくなってから、私はよく動いている。言ってみれば、スイッチがONの状態に入った時間が長い。まるでワークショップ中。まるでイベント主催中。仕事モードに近い。

明日はOくん、真子ちゃん、連くんが来る。奏くんの部屋にルンバをかけ、床は水拭きをした。廊下も階段も掃除機をかけて、トイレを掃除して、カーペットを敷いた。

豚汁の材料を買いに行き、その足でスナフィーの散歩に八鶴湖へ。Cafe NOLでゆっくり喋ってから帰宅する。

いろいろ動いた。結構な疲労感。

今日は寒い。足元が冷える。隆が来たらホットカーペットを出すの手伝ってもらおう。

21:31

写真のなかの奏くんが、固定された視線をこちらに向けて微笑んでいる。

カウンターの向かい、いつも奏くんが座っていた席に奏くんの写真を置いて、ビールを出した。茹で上がった落花生には塩を添えて、ビールの横にすっと出す。いつもの、「スナック零」のように。

この家に引っ越す決め手となったのは、この白いカウンターテーブルのあるキッチンだった。

キッチンとリビングを繋ぐカウンターテーブルは、料理をしながら飲みながら食べながら談笑をみんなで楽しむ、を叶える理想のもので、一緒にご飯を作る夜も数あれど、特別な日や気が向いた時、そこは「スナック零」になった。

あちら側に座る奏くんに、ビールと何か簡単なおつまみを出す。こちら側では私がワインを開け、乾杯でスナック零が開店する。飲みながら、話しながら、私は料理を作り始める。最初の一品は、大抵近くの直売所で買う旬の野菜。そのものの持つ香りや食感を最大限に味わいたいから調理や味付けは極力シンプルに。今時期は、千葉の名産物、落花生で、千葉に引っ越してきて以来、この季節の楽しみのひとつだ。出来立てを一緒に味わって、次の一品に取り掛かる。

ごぼうサラダが出来上がった。奏くんの写真の前に出す。

落花生も、ごぼうサラダも、ビールも、なにひとつ、減っていかない。出した時と、なにひとつ、変わらない。

この痛みも、苦しみも、悲しみも、虚しさも、怒りも。そのすべてを心に体に抱えて、生きていく以外に、無い。乗り越えるとかはわからない。ただ、抱えて生きていく。それは私だけのもので、私が抱えていく以外には、無いのだから。

21:53

奏くんの意識が戻り、現状を認識できるようになり、「いろいろ考えている」と、言っていたよね。

どんなことを考えていたんだろう。もっと聞いておきたかったよ。もっと、理解しておきたかったよ。私のエゴだとしても、あなたをひとりぼっちにしたくなかった、寂しさ、苦しさ、恐怖を、できるだけ緩和してあげたかった。もっともっと、出来たことはあるはずなのに、本当に申し訳ない。本当にごめんね。

もう一度会いたいよ。いるなら、夢に出てきてよ、せめて…。

会いたい。ここにいてほしい。そばにいてほしい。抱きしめてほしい。

いま、どこにいるの?私を見つけられているの?私が感じられていないだけだったりするの?

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