2ヶ月目

思い出のなかで生きていきたい

9:04

冷蔵庫に貼ってある写真の奏くんが、とても好きだ。

温かくて、優しくて、面白くて、大きくて。そんな人柄が溢れ出ているような奏くんが、そこにいる。

ため息。

なんで…。心の中でそこまで言葉になって、その先はフェイドアウト。ゆっくりなため息が続いた。

ため息が癖になったら、ちょっといやだな。

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散骨は、先延ばしにしようかと思っている。

遺灰はあっても、骨壷の一番底だろう。180cmあった奏くんの、最大サイズの骨壷。底にたどり着くには、収まった遺骨を上からひとつずつ取り出して…。並べていくのか?ちゃんと元のように収められるのか…?

心が動きを止めそうになる。

じゃあ、骨の一部を遺灰にする?業者に頼みたくはないし。…自分でそれを?…苦行だ。

「一周忌とかで良いんじゃない?」と梨衣ちゃんは言った。いつものように、私が1番楽な方法を取るのが1番だと思う、と、付け加える。

親を亡くすことと、パートナーを亡くすこと。その痛みの深さは共通し分かり合えるものあれど、要素分解していけば異なる部分は多いのかもしれない。

亡くなった人の数と、その人を愛する人の数だけの、痛み、苦しみ、悲しみがある。

10:45

自分の頭が作り出した幻想でもいい。今ここで振り向いたら、奏くんがいてくれたら良いのに。あの優しい笑顔で、あの大きな身体で、そして、あの大好きな声で、私に声をかけて、ぎゅっと抱きしめてくれたら良いのに。あの触覚、温かさとか、肉感とか、力とか、すべて、幻でも構わないから。

喉の奥がぎゅっと締まる。泣き出したい。ぐっと堪える。もうすぐ、打ち合わせがはじまる。堪える。頭を切り替える。

そうだね、梨衣ちゃん、本当そうだね、奏くんと一緒に仕事をしていたこの家で、今はひとりで仕事をするって、こうなってみると結構辛いかもね。

遠くに救急車の音。近づいてくる。近い。どんどん大きくなる。大きくなって、遠ざかる。やがて、聞こえなくなる。

救急車の音を聞くのが、とてもとても辛いんだ。

12:41

ひとりでリビングにいて、ひとりだな、ごはん食べないとだけど、どうしようかな、と、思って、ふと、あれ、なんで生きてるんだっけ、とか思ったりする。

なんだか、いろんなことが虚しくなってしまう。

でも、奏くんが生きたかった、間違いなく、どうやってでも生きたかった「その後」の「今」を、私は生きている。スナフィーも側にいる。

生きるために生きる。とでも言うのだろうか。

17:44

猛烈な孤独感と身を切られるような後悔の念。あの最後の日が思い出されて押しつぶされそうになる。

梨衣ちゃんが言っていたように、この家に、(スナフィーはいるけれど、)ひとりでいるっていうのは良くないかもしれない。

さっき池神さんが電話をくれた。会社のBBQへのお誘い。いずれにせよ間に合わないからとお断りしたけれど、正直、いろんな人、しかもそこまで親しくない人とBBQをする、という気分では無いのは確か。気遣ってくれることに心から感謝をしつつも。

助けを求めたい。

でも、可能な限りの助けを周囲から頂いている。

ただ、奏くんじゃないと、私が求めている助けにはならない。だから、どんなに求めても、それが満たされることはない。

本当に辛いよ。なんでしんじゃったんだ。この、やり場のない怒りと、悲しみと、辛さと、苦しさとを、いったいどうしたらいいんだ。

スケジュールに入っている、次の予定までの未来を見て、なんとか日々を生きている。

19:36

今日最後の打ち合わせが終わった。

金曜日の夜。

ワイン飲みたい。でも飲んだらまたすごい泣いちゃうだろう。泣いてばかりの夜はもう…。でも。あぁどうしよう。

今、この時間をどう過ごすか。そう考えることがなんだかとっても辛い。

ごはん食べないと。

食べないと。

やっぱり飲もうかな。でも、泣き潰れたくない。

明日、どうしよう。理想は、スナフィーの長めの散歩して、家を片付けたり綺麗にしたり、ごはん作っておいたりかな。

ワインをあける、二口のむ、涙が、もうそこまで来ている。

だめだ
後悔で、頭がおかしくなりそうだ

思い出のなかで生きていきたい

奏くんの記憶、思い出、声や温かさや愛や視線や肉体や面白さやその全ての記憶に包まれて、そのなかで生きていきたい

こんなに辛い日があるなんて、嘘みたいだ

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