0:40
もうすぐ、初めての月命日がくる。
ひと月前の、今日のことを、思い巡る。
6階の病棟。広いラウンジ。大きな窓。第2駐車場に向かって右手に入る信号のある通りを見下ろして、そこにプリウスが現れるのを、限界の思いで、ずっと待っていた。ただ、待っていた。
ひと月前の、この時間、 0:52 。
この頃、ご両親が、病院に到着した。眼下に広がる静かな夜に、一台のプリウスがこちらに向かってくる。それは指でつまめそうなほどに小さくて。エレベーター前に移動する。上りの三角が点灯して、階数を上げてくるのを、ひたすらに見つめていた。
エレベーターの扉が開く。暗い廊下の明るいエレベーターの箱の中に、待っていた2人の姿。いつも通りに、しっかりとした装いと凛とした雰囲気と表情で。
状況を、改めて説明したと思う。
急変を知らせた2時間近く前の電話口では、あまり詳しくは伝えなかった。2人のことが、70代後半の、一人息子の急変の知らせに夜の高速を2時間も運転してくる2人のことが、ただひたすらに心配だったから。
先生や看護師から聞いたことはすべて伝えた。家族として、なにが待っていて、なにをしなくてはいけないのか。
3人で、ナースステーションに向かう。両親が到着するのを、そこにいるすべての人々、先生たちが、看護師さんたちが、待っていた。確か、看護師さんに、到着を伝えたのだと思う。そして、病室へ向かった。
病室では、引き続きの心肺蘇生(胸骨圧迫)がなされていた。この時は、S先生だったか。いつのまに寝巻きは脱がされて、裸にバスタオルがかかった状態だったような記憶がある。病室には入らずに、その様子を廊下から見つめる。私の左前にはお義父さん、右前にはお義母さん。そして、お義父さんが、先生たちに向けて、心肺蘇生を止めてもらうよう、声を出した。その声が、聞こえた。蘇生が止む。22時20分頃からの、2時間半以上もがんばってくださった蘇生が止まった。瞳孔を確認する。先生が時計を探す。時計がなくて少し右往左往した。午前1時9分。9月2日、午前1時9分。
命が消える瞬間を、初めて目の前にした。
自分が愛し、自分を愛してくれた、最愛の、たった1人のパートナーの命が。
1ヶ月。30日。月命日。
そこはただの「節目」という概念にすぎず、時は止まること無く流れていく。そこに節目という実体はない。
午前1時9分。10月2日の、午前1時9分。
あの時から1ヶ月。その「時」が過ぎる。やっぱり、時はどんどんと流れていく。
20:47
けいすけくんから電話があった。7日の件や、散骨したいの気持ちなどを30分くらい話して電話を切ったら、青からメッセージが入る。月命日を覚えていてくれて、thoughtsを送ってくれていた。途端に、すごく泣けてくる。久しぶりに、たくさん泣いた。
でもやっぱり、猛烈に寂しいし、猛烈に悲しい。もう、なんでこんなことになったのか。激しい感情に、溺れそうになる。
奏くん、ひどいよ。なんでこんな早くにお別れしないといけなかったの?外房の夜は暗いから怖いって、私言ったじゃん。なんでひとり置いていくの?
みんな、どこかに帰っていく。温かい気持ち、心遣い、気遣い、たくさんたくさん、頂いて、感謝の気持ちで溢れている。それでも、私はもう、誰かの1番ではない。もう意味がわかんない。
1ヶ月も経った。あれからは、2ヶ月。2ヶ月前の8月1日が、少しずつ、その明度が下がってきている。薄くなってきている。
ご両親がふたりで、本当に良かった。ふたりで、分かち合って、支え合っていける。私は、やっぱり周りに助けを求めるしかないんだ。だって、ひとりだから。ひとりになってしまったから。周りのみんなの、愛と慈悲と想いのエネルギーと時間を少しずつ頂いて、私の日々を進めていける。生きていける。周りの助けを受ける私はひとりで、「私情を出すのを良しとしない教育を受けてきた」という世代のご両親がふたりであることに、心から安堵している。奏くん、ありがとう。
奏くんに会いたい。奏くんの胸に抱かれたい。あの目で私を見てほしい。触れたい。キスしたい。抱かれたい。話したい。いないとか、意味わかんない。
会いたいよ。会いたい。会いたい。会いたい。
今ここに、いてほしいのに。
22:03
いっぱい泣いた。
ティッシュの山。食べたごはんのお皿たちよりも大きな、ティッシュの山。
この空洞は、どうやったって、埋まらない。
信頼し愛し愛されている誰かに助けを求めても、埋まることは無い。奏くんでないと、埋まらない。
ということは、もう埋まることはない。
そう思って、一層、脱力する。奏くんでないと埋まらない。でも、もう埋まることはない。
泣きすぎて目が痛い。お岩さんレベルに目が腫れているし、視界も曇っている。
誰か助けて。
誰か、を思い浮かべるけど、それが一時的な助けにしかならないことだって、もうわかっている。
信じられない。私が置かれている、この状況が。
私の「日常」はもう過ぎ去ってしまい、もう決して、戻ってくることはないのだ。
いつだって、いつだって、いつだって、一緒にいたのに。
私は奏くんを閉じ込めてたのかな。大好きだから、どこにも行って欲しくなかったから?「愛する人との時間を最大化する」のが人生の目標だなんて、私がそんなこと言い出したからなの?
…寝よう
もしかしたら、夢で会えるかもしれない。というか、会いたい。せめて夢で会いたい。
いやでも、朝、いや、夜中に目が覚めて、現実に引き戻されるのを考えると…
いや、もうそうやって生きるのはやめようって思ってるじゃない。失うこと、がっかりすること、それを恐れるばかりに、今やすぐ先の未来の楽しいことや幸せにブレーキをかけちゃう、そんな生き方はもうやめるって、これだけ強く思ってるじゃない。
夢で会いたい。今は、夢だけが頼りなんだ。夢が、今、奏くんがいるところとの、奏くんの魂との、タッチポイントになってくれたらって…
今でも側にいてくれているの?
今でも、愛してくれているの?
私を、許してくれている?
苦しくはないの?辛くはないの?
そうであってほしい。
そうであってほしい。