1ヶ月目

ひとつの章の終わり

6:33

遠くで聞こえるラジオ体操の音楽で、目が覚めた。

あたらしいあさがきた。きぼうのあさだ。

人の気配がある朝。

薄暗い部屋、薄暗い天井。4つの電球がついたゴールドの照明器具はあの頃のまま。今は奏くんのご両親の寝室となった、付き合っていた頃の奏くんの部屋。

目を閉じて、リビングにいるであろう奏くんのご両親の気配を感じている。

昨夜のことを思い出していた。

.

昨日、青が到着した。遠く地球の裏側、ベルリンから、文字通り飛んできてくれた。

奏くんが入院している1ヶ月も、青はテキストベースで、いつも側にいてくれた。悲報を伝えると、直近の仕事の段取りを全て付け、二週間の日本滞在予定を組み、飛んできてくれた。「零が会いたい、会える、と思ったときで良いから」、そして、「もっと早くに来れなくてごめんね」、と言って。

夜には青を助手席に乗せて、圏央道からアクアラインで横浜方面に向かう。都内での大事な仕事に備え、横浜にある奏くんの実家に泊まる予定になっていた。スナフィーも連れて。

暗い空と暗い海。伸びる光の橋。隣でただ聞いていてくれる青。言葉になっていなかった自分の内側にある感覚が、言葉になって出ていく。

「なにかが、コンプリート(完結)した。…ひとつのチャプター、章が、終わりを迎えたんだ。とてつもなく大きな、最後のピース、…奏くんの死、によって。」

それを聞いた自分自身に、衝撃が走った。ハンドルを持つ二本の腕が、いつもの自分の腕じゃないみたいだった。

隣にいる青が、「私もそう感じている」と言った。

9:11

「奏が1番残念に思っているのは零を送り迎えできなくなったことだ。」お義父さんが冗談を言う。「だから代わりに、自分が送り迎えする。」

その言葉と優しさに甘えて、お義父さんに駅まで送ってもらう。

カフェを横目に、足早に改札に入る。奏くんという文脈しかないこの場所にいるのは、今の私には辛すぎる。

バッグの中にある奏くんのiPhoneに手を伸ばす。写真を見ようとして、やめた。

切り替えないと。

今日は仕事なんだ。

「木蓮の涙」と、「会いたい」とが、時折ループする。やめてほしい。苦しくなる。

今はまだ、音楽は聴けない。

各駅停車は空いている。こんな悲しみを湛えているだなんて、周囲の人には、きっとわからない。だからきっと、他にもいるのだ。どうしようもない悲しみや苦しさを堪えて、だけども普通を纏っている人々が。

17:56

1番心配していた仕事が無事終わって安堵。緊急対応的にJoshが来てくれて、元看護師の同僚泉川さんがいてくれて、本当に救われた。その上で、泉川さんからは「ちゃんと話せる機会をいつまでも待っているから」と声をかけてもらう。私は優しいひとたちと共にいる。その幸せに、心から感謝している。

生理痛がひどい。この状況で、ちゃんと生理くるとか、なんか…、自分に、?、と思ってしまう。

23:10

「結婚式の動画が偶然見つかった」、そして、「来た時に見ましょう」、とは聞いていた。しかし、まだまだ心の準備が…、と心の内で相当躊躇していたものの、夕食が終わると、すでに再生されていた。

白いタキシード姿の奏くん。野菜スープダイエットを頑張って、ずいぶんと痩せたよね。親族へのスピーチ。緊張の面持ちの奏くんに、横に寄り添う白いドレス姿の私。幸せそうな2人の姿に、あれよあれよと涙が流れる。

そのまま、お義母さんにいつもの笑顔で促されて、私のiPhoneに入っている動画の鑑賞タイムへ。

画面には、いつもの面白い奏くんの姿。ご両親が笑う。その姿に、私も嬉しくなる。お義母さんが、「泣いてばかりではなく、こういう笑っちゃうのを見なさい」と、にこにこの笑顔で言う。

なんて、強いというか、…。すごい。

私なんて、めそめそしちゃって、奏くんの実家の、元奏くんの部屋で、天井に残る若い奏くんが貼った暗闇で光るスターのシールたちを見上げて、出会ってから同棲するまでのことを思い出してすでにもう一回泣いているというのに。

疲れた。今日は疲れた。寝よう。

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