16:06
着実に快方に進んでいる。
看護師さんが奏くんの下のお世話をしてくれる。その間は退室して待つ。オムツを替えて、お尻を拭いて。一連のことが終わって入室すると、看護師さんが優しい笑顔で、「脱下痢できましたよ」と伝えてくれる。ICUの頃からずっと悩まされてきた下す問題がとうとう…!部屋にも心にも、本当に光が差したみたいだった。
一連のことで奏くんはとても疲れた様子。しばらく眠って休むことにし、私はその間、1階にあるドトールで過ごしている。
土曜日の午後。
誰もいないドトールで、1番奥の席につく。この席に座って、この壁を見ていた8月2日のことが思い出される。
未明に終わった8時間の緊急手術。ご両親を見送りひとり眠ったあと、現実味の無いままに、この席に座って、同じジャーマンドッグを食べて、同じアイスカフェラテを飲んでいた。隣の席の賑やかな家族。私の内側に渦巻く圧倒的な不安と戸惑い。この皮膚一枚のそちらとこちら。
17:09
奏くんはうとうとしている。眠ったり、目を開けたり。
お義母さんのラジオから、J-WAVEが流れている。奏くんが好きな山下達郎さんについて、ゲストのゴスペラーズが語っている。達郎さんの FUTARI がかかる。奏くんは眠っている。
なにもしていない。でも、とても幸せだと思う。
さっきした、あの日の話を思い出す。背中が痛くなって、海から上がってきた話。
「ずっと、死神が自分から離れなかった。右肩の上に乗っていて、払おうとしても、こっちに乗れるよ、と、左肩の上に移り、離れてくれない」
「死神はいつからいたの?」と聞くと、「2軒目から」と言った。市立病院か。
大動脈解離という病名が、あの市立病院の看護師さんたちから初めて出たこと、手術や、もうひとつの病気、悪性高熱症のことを、奏くんに初めて話した。
「お医者さんに感謝しかないな」、と、奏くんが言った。
奏くんはちゃんと覚えている、こうやって。すべてではなくとも、覚えている。
「すごく恥ずかしい」と、看護師さんがお尻を拭いてくれる時の話をする。まだゼリーではあるものの、徐々に「食べる」ようになってきた奏くん。食べれば、出る。「うん○どうしたら良いのか、どこにしたら良いのか」と看護師さんに聞いた。「『私たちは元気になってもらうことが1番だから気にしないでくださいね』と言ってくれて。もう感謝しかない」と。でも、体を横にして、オムツ替えたりお尻キレイにしてもらっている時に、「『小西さん今はうん○しないでくださいねー』とか言われて、どっち、みたいな」と、笑い話をした。
今日はむくみがすごい。左目がもはや開かなそう。腕もパンパン。透析しないからか。「おしっこは怒られるくらい出た」と、言ってたけどな。
「ごはんだけ食べさせてほしい」と、奏くんが言う。嬉しい!夕ご飯の時間までこれで堂々と側にいれる。わーい!
お水にトロミをつけなくて良くなったし、痰がずいぶんと減った。私がいる間には数回のみ。酸素は95%で、2だったものが1にまで減った。着実に、良くなっている。
ラジオからは、山下達郎の「希望という名の光」が流れていた。
A ray of hope for you
A ray of hope for me
A ray of hope for life
For everyone