きっと明日は いい日だから
Don’t give up
きっと明日は 晴れるから
病院まで1時間の道のりを通い続けて、もうすぐ二週間になる。夏の青々とした田んぼを横目に、八街を抜けて佐倉を通って、国道に入ってトラックも増えてくると、いよいよ成田だ。
あと10-15分で病院、というところまで来ると、決まってこの曲をかけた。AIと渡辺直美の「キラキラ」。「きっと明日はいい日だから、きっと明日は晴れるから」と、太陽のように明るくて強い2人のエネルギーに、病院で起こっている現実にひとり向かっていく力をもらっていた。
そのテーマソングが、Sadeの「By your side」に変わった。
Sade。奏くんも私もそれぞれ違うライブDVDを持っていて、2人で飲みながら「最高だね」って、映像を観る夜もあった。
「I’ll be there, by your side, baby」
「そこにいるから、あなたの側にいるから」
優しくて強い、Sadeのハスキーな声が、今日も変わらず、そう歌ってくれる。
病院まで、もう少し。意識が戻りつつある奏くんの元に向かう。
I’ll be there, by your side.
側にいるから。
午前の面会
奏くんが、目を覚ました。
大動脈解離の緊急手術から、12日が経とうとしている。
ここはどこだ、という感じで、目を開いて周りを見渡してみたり。苦しそうな顔を時折向けて、何かを言おうともしている。声をかけると反応がある。手を握り返す、まではできないけれども、反応が返ってくる。
奏くん、と声をかけると、こちらを見る。
目が合う。
奏くんと、目が合う…!
のだけれど、ドラマのように「零…」(感動)みたいな感じで、目を覚ますわけじゃないんだ。
人工呼吸器がまだ口から入っていて、声を出すこともできなく苦しい。何より、ここまでずっと使ってきた鎮静剤の影響で、まだ夢と現実の狭間にいる。
それでも、「夕方来るからね」に、うん、と小さく頷いた。
午後の面会
奏くんのご両親と一緒に、夕方の面会に向かう。
「奏くん」と呼びかけると、私を見てくれる。「手を握って」って呼びかけると、手を握り返してくれた。
午前の面会では無かったのに、5−6時間でこんなに進歩があるんだ…!
それでも、ずっと使ってきた鎮静剤の影響下にまだある、「夢うつつ」状態。「奏くん」と呼びかけても、目が合わないこともある。
お義父さんお義母さんが話しかけている時に、足元にいて奏くんの視界から消えていた私を目で探しているのがわかった。1秒たりとも、せめて側にいられる時は、不安にさせたくない。「私はここにいるよ」「側にいるから」。伝わるようにと、足をさすっていた。
足をさすっていたのには、もうひとつ理由があった。
小さくとも、脳梗塞も起こっていた。その影響がどこまで出ているのか。どこかに麻痺が残ったりはしていないだろうか…。大きな不安のひとつだった。
腕の付け根にはタスキ(的な)、手にはグローブ(的な)、と、それぞれに付けられた拘束具の存在が手や腕が動くことを教えてくれて、安堵へと繋がっていた。でも、足に拘束具が付いたのを、これまで見たことがない。「暴れた」時には、足を固定する必要がなかったということだろうか。つまりは、足は動かなかった、ということだったら…。
意識が戻った奏くんの足を、触る。さする。奏くんが、それに気づいた素振りを見せた。足の感覚があるんだ!なおもさすり続けていると、今度は足に反応が返ってきた。足も、動くんだ…!(あとで先生はこれをどう診ているか聞いてみよう!)
午前に引き続き、時折苦しそうな顔をする。
人工呼吸器で、当然苦しい。声も言葉も、出すことができない。私の「苦しい…?」に、縦に首を振った。「痛い…?」には、横に振った。「痛くはないんだ」と、少しの「良かった」が広がったのも束の間。奏くんは、私に何かを、必死に伝えようとしている。でも、それができない。「なに?なんだろう?何を伝えたいの?」
しばしして、私から視線を外し、向こうを見る奏くんの目。諦めとも、何とも言えない、その目。その表情。
分かってあげることができない。もどかしくて、苦しい。痛いくらいに、悔しい。
S先生が来て、すでに自分の呼吸100%だ、と、教えてくれる。ということは、人工呼吸器を離脱できるのも、近いかもしれない…!ただ、肺に少し水が溜まっているとのことで、今夜それを抜くかもしれない、とも。
そして、夢うつつの中でのこういったやり取りは、記憶に残らないとのこと。それでも、しっかり見えてるみたいだし、しっかり聞こえてるみたいだし、しかも意識がある。ここにいる私と、奏くんの間に、やりとりがある。
ただひたすらに嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくてしょうがない。
18時〜、帰路
面会が終わり、ご両親と駐車場に向かった。
それぞれの車に乗り込む前に、お義母さんから、顔いっぱいの笑顔と共に手が差し出される。握手を飛び越えて、ぎゅっとハグをした。続けてお義父さんにも。
この時を共有したこと。言葉にできない。
車に乗り込む。先週の日曜日、ちょうど今日から1週間前のことを思い出す。
(術後)悪性高熱症で40度を超えてもなお上がり続ける高熱がついに42度を超えたその日。目の前には、熱すぎる首元と冷たいゴムのような手指と土気色をした顔と少し開いた瞼からのぞくどこを見るでもない濁った目が、生と死の狭間が、そこにあった。
奏くんを、(失うかもしれない)。
言葉にならないそれは、不安なんてものじゃなくて、もう恐怖だった。恐怖に慄いていた。
そのピークから、今日で一週間。
人生最悪の日々が、ようやく終わりを迎えつつあるのかもしれない。
そう思いながら、同じ日曜日に、嬉しくてしょうがない気持ちに浮き立ちながら、夏らしい豪雨の中をひとり車で帰る。
新しい章に、移った。
病院から帰宅するタイミングにあわせて、ご近所さんの梨衣ちゃんが夕食を作って来てくれた。グリーンカレー、ローズマリーポテト、ピクルス、オレンジラッシー、食後のミントティーにデザートにパイの実(しかも小倉シロノワール味!奏くんも私も、コメダ珈琲が大好きで、在宅のフリーランス同志、サードプレイス的に2人の仕事場としても使っていた)。
心を込めて作ってくれた食事は、なんて沁みるんだろう。包んでくれるんだろう。その上たくさん話を聞いてくれて、いろんな話もできて、とてもとても、ありがたかった。
明日の病院、本当はスナフィを連れて行きたい。
でも、明日はどうしても、お昼も夕方も、どちらも側にいてあげたい。午前と午後の面会の間は5時間以上。夏の車内でスナフィを待たせることはできない…。
お留守番が続く。
ごめんね、スナフィ…